せっかくまとめたので載せてみたけど…読む気失せます

es[エス] (原題:DAS EXPERIMENT)
2001年/ドイツ/119分/ドルビーデジタル/ビスタサイズ
監督/オリバー・ヒルツェヴィゲル

esとは、心理学用語の「無意識下の欲求」。自己を形成する3要素、エゴ・スーパーエゴ・エスのうち、もっとも深い部分に位置するものである。これは日本人がつけたもの、邦題で、原題は単純に「実験」というものだ。実際に1971年にアメリカ、スタンフォード大学心理学部で行われた模擬刑務所実験をベースに作られている。高額の報酬を提示して被験者を募り、応募してきた被験者達を看守役と囚人役に分け、模擬刑務所でそれぞれの役を演じるというものだった。しかし、被験者の人格は研究者の想像をはるかに超える大暴走を始め、予定の半分のわずか7日目に実験は中止となった。 忠実に再現されている、ということになっているが、少しオーバーな気がする。映画だから、とも思う。しかし、アメリカでの映画化はいまだにできていないということ、実験の結果があまり公にされていないこともあり、その謎が、さらに映画の恐怖感を高める。  実際の実験は、制服が人間に与える影響を調べるために行われたものだったという。この実験と並んで論じられることが多いのが、「アイヒマン実験」と呼ばれたテストで、被験者に電気椅子のスイッチを入れさせる実験のことである。実際には電流は流れず、被験者は囚人が感電している演技をしている様を見せられるだけなのだが、この実験の結果で、ごく普通の人でも、指示されれば感電死しかねない電流を平気で流すことが判明した。 ちなみに、アイヒマンとは、ユダヤ人を大量虐殺したナチ親衛隊幹部の名前で、アイヒマンは平素はまったく普通の人物だったといわれており、命令されたからという理由だけで、多くのユダヤ人を虐殺したのだという。 ユダヤ人の虐殺について、元々ドイツ人にはそうした性向が備わっているからではないかという説があったという。しかし、実験の結果は、アメリカ人にもそうした可能性を秘めていることが明らかになった(実験は中止されたので、そう断定できないかもしれないが)、つまりドイツ人が特殊な民族ではないことを証明したことになる。そして、対イラクについて好戦的なアメリカに対する警告とも取ることができるのである。 映画では、看守役の被験者は「秩序を守るため」に暴力を正当化していきます。結果、皮肉にも秩序は壊れてしまう。制服とドイツ人の関係については、ドイツ人自身が「制服に身を包み、主人に仕えること」を好むためだと言うほどである。元々、この実験はファシズムの研究とは関係がなかったのだが、事態が実際以上に進行した結果、その状況はファシズムを理解させる格好の材料になったのである。  制服の魔力については、日本人も注意すべきだと思う。群れたがる日本人は、制服によって自分と他人の共通点を見いだしがちである。会社員から暴走族に至るまで、同じ制服を着ている者は、自分と同じ考えを持っていると信じたがる傾向をもっている。人間は社会団体の中に生きるものであるというが、自分と他人の考えが共通かということも定かではないのに、制服を身につけることだけの社会的つながりが蔓延しているのである。服だけでなく、思考の上でも日本人は右なら右、左なら左と、グループごとに固まりがちで、心にも制服を着せている。社会的つながりに安心しているだけではなく、自分が自分であるという、個性をもつべきなのかもしれない。 人の心のたがの問題が実験では問われているのだが、実際に被験者たちの最終的な目標は、報酬、つまりただ金であった。看守役の人間は4000マルク欲しさに実験を中止にさせたくないと焦った結果の暴力のエスカレートで、囚人側も4000マルクをもらうまでの服従である。被験者たちの心理は役割順応というより金のためであることに実験側が全く気づかず、実験の成果だと喜んでいるのはバカバカしい。そちらの面からの皮肉も、映画にはこめらているのである。 人間にとって、暴力とそれがもたらす結果は、本質的には、快感なのかどうか、という問題がある。「状況の力」(=そうしてもいいという状況)が働くと、人は、容易に暴力へ走る。それは正当防衛などを除き、快感を伴うからではないのか。しかし、人はこうした暴力への甘い誘惑に、強い意志と理性で、打ち勝たない限り、平和主義の思想は、現実のものにならないのである。






















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